日本のエネルギー安全保障とサハリンパイプライン計画について

個人的なメモのようなものなので、あまり目を通す価値は無いと思います。

お目汚しすみません……(日付も過去に設定しています 公開日=2017年4月1日)。

 

 

はじめに

 19世紀に本格的な石油の生産が始まるやいなや、石油は瞬く間に人間の生活に欠かせない資源となった。石油無しでは自動車や飛行機が実用化されることも無ければ、近年の科学技術やIT分野における飛躍的な発展も実現し得なかったと言える。

 

 それほど石油は現代人の生活に強く結びついている資源である。近年は、シェールオイルガス採掘技術の確立によって非在来型天然ガスの生産性が向上し、液化天然ガス(LNG)の利用も世界的に増加した。

 

 こうした石油や天然ガスといったエネルギー資源は、その需要の高さから、各国の政治戦略におけるカードとしての側面も持ち合わせている。エネルギー資源が豊富な中東情勢は依然として不安定な情勢が続いているが、日本は中東諸国から多くの原油を輸入しており、このことは日本のエネルギー保障問題もまた不安定な状態にあることを示す。

 

 エネルギー資源の価格変動は生産業や為替相場など、経済面にも大きく影響を与える。日本はエネルギー資源の大部分を輸入に頼っているため、ひとたびそれらの価格が上昇すれば、製造業における生産コストの増大とそれに伴う商品価格の値上げ、あるいは電気料金の値上げといった形で国民の消費生活に直接的な影響を与え、景気を左右することも少なくない。

 

 日本の一次エネルギー自給率から判断すれば、日本は「石油を持たざる国」である[1]。日本国内にも油田及びガス田は複数存在するが、これらのエネルギー資源プラントから採掘できる原油はごく僅かであり、自給率が大幅に上昇するような結果には至らないであろうことが予測されている。そのため、日本が外国からエネルギー資源を輸入するという状況は変わらずに続き、その価格が日本国民の生活に与える影響が大きいという現状は今後も変わらないだろう。

 

 さらには、アジア・アフリカ地域を中心とした人口の増加[2]に伴い、世界全体でも中長期的にエネルギー資源の需要が増大することが予測されているため、日本と資源保有国との政治的な結びつきやエネルギー資源開発関連部門への投資は、これまで以上に政治的に重大なファクターになると考えられる。

 

 本稿では、国民の消費生活に大きく影響を及ぼす、エネルギー資源の確保に関わる日本の取り組みを整理し、考察することを目的とする。

 

 まず第1章では、日本のエネルギー自給の現状に「エネルギー安全保障」の考え方からどんな問題点があるのか指摘する。続く第2章では、輸入が拡大した液化天然ガス(LNG)という資源の持つ特性から、この資源による日本のエネルギー安全保障のリスクを低減の側面について考察する。第3章では、前章で取り上げるLNGについて、具体的にどのような形でリスクを低減しようと試みているのか、ロシアと日本の間で議論されている「サハリンパイプ計画」について取り上げる。

 

 

第1章 日本が抱えるエネルギー安全保障上の問題点

 「エネルギー安全保障」とは「国民生活、経済・社会活動、国防等に必要な『量』のエネルギーを、受容可能な『価格』で確保できること」[3]として定義されている。この概念に基づけば、エネルギー安全保障によって「保障」されるものとは国民の「普段の生活」であり、それはすなわち「日本国民の命」そのものだと言えるだろう。

 

 21世紀の現代社会に生きる我々現代人の生活はエネルギー資源に依拠するものが極めて大きいが、それらが利用できなければ経済活動の停滞はもちろん、当たり前であるはずの「普段の生活」もままならないであろう。

 

 しかし「持たざる国」である日本と日本国民は、その普段の生活を維持するために外国からの資源輸入に頼りきっていることは紛れも無い事実だ。序論でも述べたように、日本は現時点でほぼ100%のエネルギー資源を外国から輸入している。

 

 この状況下において、自国の「普段通り」を保つための資源を国内で全て自給するというのは、およそ想定の範疇外であり、今後実現される確率は限りなくゼロに等しいであろう。日本のエネルギー安全保障の問題として「持たざる国である」という、このリソース的ハンディキャップは初期段階から存在しているのである。

 

 また、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震は記憶に新しいが、地震が頻発する日本において、我々が当たり前だと認識している日常の生活は、ひとたび地震が発生すれば一瞬のうちに崩壊してしまうこともある。

 

 そして日本のエネルギーの自給とエネルギー安全保障の問題は、日本が背負っている「地震が頻発する」という地質学的リスクを無視して論じることは不可能である。日本はこれまでに数々の大地震を経験し、それまでの「当たり前」の概念がいとも簡単に、そして瞬く間に覆され得る状況にあることを目の当たりにしてきた。

 

 原子力発電所という、大地震が来れば大きな二次災害を伴う恐れのある施設が国内に約50ヶ所存在するということは、我々日本国民の命が常に危険に晒されていることと同義であり、日本のエネルギー安全保障に関する問題は、これらの事柄を常に前提条件に置いて論じられるべきであることは明瞭である。

 

 本章では、日本が孕むリソース的ハンディキャップ、そして地質学的リスクを前提に、現時点で日本が、つまりは日本国民が有するエネルギー安全保障上の問題点について、その現状と今後の展望について論じることとする。

 

第1節 日本のエネルギー自給の現状と地質学的リスク

 まず、日本のエネルギー自給の現状を整理するために「地震が多い」という明瞭かつ深刻な地質学的リスクを踏まえた上で、東日本大震災の影響によって大きく変化した電力供給構造の変化に目を向けてみたい。

 

 2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島第一原発の事故を受け、日本の電力供給構造は大きく変化し、原子力による発電の割合を高めようと試みていた日本のエネルギー基本計画は大きな修正を余儀なくされた[4]

 

 震災後、各地の原子力発電所は13ヶ月ごとに実施される定期検査にあたって運転を停止する一方で、安全性を不安視する世論の影響もあり再稼動には至らず、2012年5月には、事故で廃止が決定された福島の4基とその他の原子炉50基全てが稼動を停止している状態となった[5]

 

 震災が発生した2011年度には前年度に28.9%を占めていた原子力発電の割合が急激に落ち込み10.7%となり、2012年度には1%台まで割り込むこととなった(図1参照)[6]

 

図1 電源別発電電力量構成比

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出所:電気事業連合会

 

 こうして、国が重要な電力供給手段として位置づけていた原子力発電は当初期待されていた水準で機能することが困難を極める状況となり、石油や液化天然ガス(LNG)、そして石炭という化石燃料を利用する火力発電の割合が必然的に高まった。

 

 2014年に日本国内で観測された震度1以上の地震数は、実に2052回にも及ぶ。同年、そして翌2015年には死者・行方不明者を伴った地震はなかったが、2016年には熊本地震が発生し、100名以上の死者が出た[7]

 

 こうした大規模な地震災害が発生する日本が原子力発電所を保有し、運用するリスクは、福島第一原発の事故によって我々が見ている通り極めて大きい。「日本で地震が発生しないところはありません」[8]という気象庁の見解はすなわち、日本全国約50基の原子力発電もまた、福島第一原発と同じだけのリスクを有していると言えるだろう。

 

 今後の原子力発電の扱いに関しては、専門家や政府がさまざまな見解を打ち出しているが、2016年12月現在で運転している原子力発電所は、鹿児島県の九州電力川内第一原発のみであり、今後の運転再開の状況についても依然として不透明である。次節では、こうして東日本大震災と原発の運転停止によって再浮上することとなった化石燃料依存の問題について取り上げたい。

 

第2節 再浮上した化石燃料依存の問題

 原子力発電の稼動停止によって不足する電力を火力発電で補った結果、2011年度の国内電力供給における化石燃料の割合は、前年の61.7%から大幅に上昇し78.9%となった。2012年度には第一次石油危機時の80%をも上回り、化石燃料への依存度は過去最高となる88.3%まで達したのである(前掲 図1参照)[9]

 

 増加した火力発電に使用される燃料の内訳を見ると、LNGの占める割合が43%となっており、石炭の30%、石油の15%をそれぞれ上回る[10]。LNGは現在の日本の電力を支える主要な資源であり、今後も日本の電力需要を支えるために安定した供給が求められる資源である。

 

 では、石油や天然ガスといった化石燃料に依存することには、どのようなエネルギー安全保障上のリスクが存在するのだろうか。

 

第3節 中東依存のリスク

 化石燃料依存の問題として真っ先に挙げられるのは藤(2015)が論じるような「エネルギーを中東に依存したままでよいのか」[11]という点である。日本が中東に依存しているエネルギー資源と言えば石油であるが、石油という資源が不必要な時代が訪れることはおよそ考えられない。我々の身の回りには燃料や化学肥料、ペットボトルや化学繊維など、あらゆる石油由来の物質が存在する。

 

 もし仮に石油の需要が皆無となる時代が訪れたとしても、それは現代人が関係し得ないずっと先のことか、あるいは石油を必要とする人類が滅びたときであろう。 十一(2007)の指摘するように「石油なしには、現在の便利で快適な近代工業社会は成り立たない」[12]という事実は明白である。

 

 しかし、我々の生活に欠かせない石油の基となる原油は、極めて不安定な情勢がこれまで長く、そして今後も依然として続くと考えられている中東にその約半分が埋蔵されていることが確認されている(図2参照)。日本が輸入する原油のうち、中東で生産されたものの割合も必然的に高い割合を誇り、サウジアラビアを筆頭にアラブ首長国連邦、カタール、クウェートなどの中東諸国から輸入される原油が日本全体の原油輸入量に占める割合は80%を超える(図3参照)。

 

 

図2 世界の原油確認埋蔵量

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出所:経済産業省エネルギー庁資料 「平成25年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2014)

 

 

図3 原油の輸入先(2014年度)

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出所:経済産業省資料 「平成27年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2016)

 

 地政学的リスクを有する中東からの輸入に原油の供給源を大きく依存していることのリスクの高さは、2度のオイルショックにおける国内外の混乱を見れば明らかである。近年においても「アラブの春」や「イスラム国の台頭」といった懸念材料が表面化すると、原油市場は敏感に反応している。

 

 アメリカにおけるシェールガスオイル生産の増加によって2014年に暴落した原油価格は2016年12月現在においても50ドル台半ばで推移している。この状況について、エネルギー資源を輸入に頼っている日本は、原油やLNGを比較的安価に確保することができているという楽観的な見方もできないことはない。

 

 しかしその一方で、前述の通り原子力発電がほぼ完全に機能を停止し、今後の運転再開について慎重にならざるを得ない地質学的リスクを有している日本にとって、原油を含めたエネルギー資源の供給源の多角化つまり、中東以外からのエネルギー供給源の確保は急務である。

 

 このエネルギー安全保障上の問題に対して「LNGによるリスクの分散」という手法は、日本が有する2つのリスクを低減させることができるのではないかという論がある[13]。次章においてはこの論を取り上げ、日本のエネルギー安全保障の最も大きなリスクに対してLNGの利用はどのように影響するのかについて考察することとする。

 

 

第2章 LNGによるリスクの分散

 政府計画では、当初2030年までに国内における電力消費の5割以上を原子力発電によって賄うとされていたが、その計画は見直さざるを得ない段階である。現況下においては、LNGの資源的特性を活用した更なる利用の拡大によって日本の一次エネルギー供給源を多極化し、エネルギー資源の中東への依存というエネルギー安全保障上のリスクを低減させる手法が極めて有効であると考えられる。

 

第1節 天然ガスの資源的特性

 LNGは天然ガスを低温で加圧して液化させたものであり、日本が輸入するLNGは専用のタンカーに積載されて輸送される。日本には1969年にアメリカから輸入されるようになったLNGであるが、その資源的特性としては、一般的に以下のような事柄が挙げられている。

 

① 燃料の調達先が分散している。

② 長期契約中心であり供給が安定している。

③ CO2の排出量が少ない。

 

 これらの要素のうち、①および②の要素は今後も安定したエネルギー資源の供給源を確保しなければならない「持たざる国」である日本にとって、中東への石油依存リスクが懸念される現状況下において、エネルギー安全保障上大きなメリットが存在している。また③についても、国際社会で先進国に求められている役割を果たすことに寄与すると考えられる。一方で、LNGを利用するデメリットとしては、下記の要素が認知されている。

 

①´ 輸送にかかるコストが大きい。

②´ インフラ整備が必要。

③´ スポット市場が小さい。

 

 こうしたデメリットはあるものの、石炭よりもCO2排出量が少なく、中東に集中している原油に比べると埋蔵地域が分散されており、そして今後も安定的に産出される見込みであるLNGは、日本が抱えるエネルギー安全保障上の問題と照らし合わせるとやはり魅力的に写るエネルギー資源だと言えよう(図4参照)。

 

 ただし、③´ スポット市場が小さいというデメリットに関しては、これまでのLNG売買は長期契約が中心であったが、シェールガスオイルの台頭によりスポット市場が拡大しつつあり、この傾向はさらに加速するため、より短期での取引が中心になるという見方が強く、短中期的には見られない可能性が高い[14]

 

 ただし、このことは同時に、メリットとして挙げた② 長期契約中心であり供給が安定しているという要素を打ち消すことにもなる。したがって筆者は、現在の見通しでは供給過多の傾向にあるLNGも、世界で同時に新たなエネルギー需要が生まれれば安定した供給は難しくなるかもしれないという観測を踏まえなければならないと考える。

 

 このような昨今の原油安に伴って、エネルギー資源の価格が軒並み低下している現状を踏まえ「足下ではLNG価格は低下傾向ですが、こうした買手優位の状況を十分に活用すべきとも言えます」[15]という経済産業省の見解もあることから、今後LNGは単なるエネルギーとしてだけではなく、資源小国日本のエネルギー安全保障を実現するために重要な役割を担うだろう。

 

 したがって、長期的な見通しで安定した供給を実現するために、より戦略的にLNGの確保に取り組むことが重要である。次節では、日本のLNG輸入の現状を踏まえ、LNGによるリスクの分散についてより詳しく考察していくこととする。

 

図4 天然ガスの地域別埋蔵量(2014年)

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※単位は%

出所:BP Statistical Review of World Energy 2015

 

 

第2節 日本のLNG輸入の現状

 前章に記した通り、2011年以降、原子力発電所の稼動停止によって火力発電に用いるLNGの需要が大幅に拡大した。2010年度に7,056万トンであった電気事業者およびガス事業者のLNG輸入量も、2011年度には8,318トンまで増加した[16]

 

 日本のLNG輸入相手国としてはオーストラリア、カタール、インドネシアなどが挙げられるが、東日本大震災以後はロシアからの輸入量が増加し、現在は10%近いシェアを有している(図5参照)。

 

 また、前節および前掲図4でも示される通り、各大陸に分散して埋蔵が確認されている天然ガスは、石油に比べて中東の地政学的リスクの影響を被りにくい資源である。このように供給源が中東に集中せず、各大陸で埋蔵量が分散しているLNGの安定した供給が実現されれば、過度の中東依存という日本が抱える最大のエネルギー安全保障上のリスクは低減できるだろう。

 

 ただし、LNGの安定供給を実現するということは、その供給量を増大させることに同義である以上、日本は年間8,000万トン以上のLNGを輸入しており、この量は図6で示される通り、世界全体で産出される量の1/3にまで及び、日本がすでに世界で生産される天然ガスの大部分を利用しているという状況も考慮しなければならない。

 

 JOGMEC法の改正[17]による機能強化を受けた海外のエネルギー開発部門への投資増加や、採掘技術のさらなる発展による増産といった多角的な要因によるリソース拡大も期待でき、埋蔵量から判断すると長期的に見ても枯渇する恐れが低いことはLNGが主要なエネルギー資源として考えられている[18] 要因であるものの、LNGが有限である天然資源である以上、省エネルギーへの取り組みによる国内での消費エネルギーの縮小という側面からのアプローチも忘れてはならない。

 

 次章では、藤(2015)が提唱する、ロシアの天然ガスを利用したサハリンパイプライン構想について取り上げ、日本のエネルギー安全保障上のリスク低減におけるさらなる具体案について考察することとする。

 

 

図5 日本の液化天然ガス輸入相手国上位10カ国の推移

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(注)下段左欄は伸び率、同右欄の()は総額に対する構成比。

出所:財務省貿易統計(2015年)


図6 日本の電力・ガス会社のLNG調達量

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出所:経済産業省エネルギー庁資料 「LNG市場戦略」

 

 

 

第3章 ロシア産天然ガス利用の展望

 前章第2節において、東日本大震災以後ロシアからのLNG輸入量が増加していることについて触れたが、資源大国であるロシアの天然ガスを、パイプラインを通して利用するという計画について藤(2015)は「エネルギー安全保障面から見た価値は計り知れないものがある」[19]と論じている。では、この計画には一体どのような「価値」が考えられるのであろうか。

 

第1節 サハリンパイプライン計画の見通し

 今後も引き続いて安定した供給が必要とされる天然ガスについて、サハリンからパイプラインを整備して国内への天然ガス供給の効率的な体制を整えるべきだという論(藤

2015)の背景には、10年以上前から検討されていたサハリンパイプライン計画が本格的に始動したことが関係している[20]

 

 2013年に自民公明両党の与党議員が中心となって日露天然ガスパイプライン推進議員連盟が発足し、翌2014年に議員連盟から関係閣僚に提案書と協力要請書が提出された[21]。2016年12月にロシアのプーチン大統領は安倍首相との会談のために日本を訪れたが、両首脳による会談においてもサハリンパイプライン計画の話題は取り上げられ、両氏は経済主体となってこのプロジェクトの詳細な検討を活発化することに合意したと報じられている[22]

 

 計画通りに北海道から日本海側は新潟県、太平洋側は茨城県まで総延長1,350kmに及ぶパイプラインが整備されれば、ロシアからの天然ガス輸入量はLNG換算値で200億㎥上積みされ、現在のオーストラリアからの輸入量を抜いてトップになると予測される[23]

 

 このようにサハリンパイプライン計画は、既に実現化に向かって歩み始めているプロジェクトであるが、今なお藤(2015)がこの計画の実現を強く唱える背景には、2000年前後からロシアのエクソンモービル社が政府に要請していた同様の計画が一度頓挫していることにあった。次節からは当時の状況と現状を比較し、この構想にどのような期待が見出せるのか考察していくこととする。

 

第2節 第一次計画の頓挫

 サハリンパイプラインからパイプラインを通そうという計画は、1998年に具体的な動きを見せた。同年、開発会社として「北日本パイプライン開発機構株式会社(略称JPDO)」が設立され、サハリンから北海道を結び、そしてさらに首都圏へと延びるパイプライン計画を実現するため、日本政府に協力を仰いだ[24]

 

 さらにその翌年の1999年には、日露両国が官民一体となり、「サハリン天然ガス導入日本パイプライン推進会議」も開催された[25]。ここから同計画のためにさらなる調査が行われ、さらにはアメリカのメジャー、テキサコ社の幹部にも要請して北海道知事と会談を行うなど、実現のための便宜が多方面からなされた[26]

 

 しかし、この計画によって輸送される天然ガスの買い手となる東京電力などの反対を受け、2004年に立ち消えとなってしまった。当時この計画の中心となって活動していた元北海道未来総合研究所理事長の原勲は、計画が頓挫した背景について「大口購入する東京電力などが反対した」[27]と述べており、その背景には以下のような理由があったとされる。

 

① 買い手となる電力各社は当時原発を推進する立場で、道内でも泊原発3号機が建設されていたなど、電力会社の方針とのギャップが大きかった[28]

② 海底パイプライン施設に伴う漁業補償が不透明で、且つ政府資金が流入したプロジェクトの天然ガスは割高になる可能性があった[29]

③ サハリンパイプラインの実現によって電力自由化の流れが進行し、電気料金の値下げの動きが強まるのを避けたかった。[30]

 

 このうち、藤(2015)は③の理由によるものが大きかったことを指摘している。この第一次パイプライン計画が順調に進んでいれば、2008年には着工され、2011年には天然ガスの供給が開始される見込みであり、一度歩みを止めたこの計画について藤(2015)は「実現していれば、日本は今頃、東南アジアや豪州を上回る天然ガス埋蔵量を誇るロシアと最新のパイプラインで結ばれていたのにと思うと残念でならない」[31]と論じているが、第1節にて述べたとおり、この計画は十数年のときを経て実現されようとしている。

 

 この間、日露のエネルギー事情はどのように変化したのだろうか。筆者は、2004年に計画が白紙に戻った時点と、現在再び構想が実現されようとしている現在との状況を比較してみると、2014年2月のウクライナ危機以降、ロシアが石油価格下落の影響を大きく受けたことが関係しているのではないかと考えるが、次節において、ロシアのエネルギー事情を踏まえた今後のサハリンパイプライン計画について考察することとする。

 

第3節 資源に依存するロシアとサハリンパイプライン計画の今後

 ロシアは、貿易収益の7割を天然資源の輸出によるものに頼り、歳入のほぼ半分を同じく天然資源の輸出税・採掘税に依拠している[32]。そのため、2014年10月からの原油価格の「暴落」[33]とも言える大幅な下落の影響を極めて強く受け、国家財政は苦境に陥った[34]。ルーブルは50%以上下落し、それに伴って輸入物価が上昇し、国民の消費が大きく落ち込んだ。2015年初頭には原油価格は1バレル当たり45ドル以下となり、ロシア経済はまさしく大打撃を受けた。

 

 前述の通り、こうしたロシア経済の悪化は、ロシアが再びサハリンパイプライン計画を結ぼうとしていることと深い関係があるだろう。今後も高い水準での需要が見込まれる日本への天然ガス輸出量を伸ばすことができれば、単純に「ロシア貿易のエース」である天然ガスの輸出が増えるだけに止まらず、開発に伴って雇用が発生するといった形でも、低迷するロシア経済の活性化に大きく寄与することが予測できる。

 

 ただし、第2章でも取り上げた通り、今後も天然ガスの供給量には需要に対する余裕があるという状況下において、日本政府や日本の民間企業が多額の資金を投じて採算が取れる水準での天然ガス供給が可能なのかについてはまだまだ議論を深める必要がある。

 

 また、十一(2007)が指摘するように日本は「2006年12月、『サハリン2プロジェクト』の権益の過半を、ロシアの独占ガス企業であるガスプロムに半ば強制的に譲渡させられた」[35]という過去もまた、このプロジェクトを進めるにあたって考慮しなければならない事実である。

 

 

 

[1] 日本の原油自給率は2012年時点でわずか0.4%である。なお、この数値には日本の海外における自主開発原油は含まれない。日本国内で産出された原油の割合を示している。経済産業省資源エネルギー庁, 2014, 資料「平成25年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2014), 154貢.

[2] 世界全体の石油需要を中期的に見ると、2020年の石油需要は2014年のそれから約7%増加する見込みであり、天然ガスの需要も同様に増加すると予測されている。IEA, 2015, Medium-Term Oil Market Report 2015, p.10.

[3] 経済産業省資源エネルギー庁,  2010, 資料「平成21年度エネルギーに関する年次報告」(エネルギー白書2010), 38貢.

[4] 2009年時点で全体の発電量における原子力の占める割合は約29%であったが、2030年までにその割合を53%まで引き上げることを目指すとしたエネルギー基本計画が2010年に6月に閣議決定されていた。

[5] 日本経済新聞, 「国内原発 5日に全て停止 42年ぶり、泊3号機検査入り」, 2012年5月4日, 日本経済新聞電子版,

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0400Z_U2A500C1MM8000/, (2016年10月25

日参照).

[6] 2015年度には、原子力の割合は0.0%となった。経済産業省資源エネルギー庁, 前掲資料 (2016), 144貢.

[7] 気象庁資料, 「平成27年12月地震・火山月報(防災編)」, 2015, http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/gaikyo/monthly/201512/2015nen_nihon_jishin.pdf,(2016年12月9日参照), 64項.

[8] 気象庁ホームページ, 「地震について」, http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq7.html (2016年12月1日参照).

[9] 藤(2015), 194項.

[10] 経済産業省, 2015, 資料「長期エネルギー需給見通し」,http://www.meti.go.jp/press/2015/07/20150716004/20150716004_2.pdf (2016年11月22日参照), 7項.

[11] 藤(2015), 199項.

[12] 十一(2007), 59項.

[13] 藤(2015), 204-212項.

[14] 稲島剛史, 『ブルームバーグ』, 「『ホームレスLNG』増加で商機-スポット市場拡大に備える」, 2016年8月16日, https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-08-16/OBRUQ56TTDS401 (2016年12月1日参照).

[15] 経済産業省資源エネルギー庁, 前掲資料 (2016), 228貢.

[16] 日本エネルギー経済研究所, 2012, 資料「東日本大震災後の LNG 需給の状況」, http://eneken.ieej.or.jp/data/4374.pdf (2012年12月20日参照)

[17] 「独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構法の一部を改正する法律案」(通称JOGMEC法)の改正案は、2016年11月11日に成立し、同日施行された。この法案では、上流開発企業による企業買収等への支援、資金調達の多様化、資源開発を促進するため、石油・天然ガスの物理探査船の民間への貸出を可能とすることなどが定められ、今後の日本のエネルギー開発部門の機能強化が期待されている。独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構, 2016, 資料「法改正によるJOGMECの機能強化について」, http://www.jogmec.go.jp/news/release/content/300326202.pdf (2016年11月30日参照).

[18] 従来の技術では採掘不可能とされていた非在来型天然ガス(シェールガス)が採掘可能となったことも影響し、2014年時点で天然ガスの技術的可採埋蔵量は806兆m3となり、この量は現在の年間生産量の232年分に相当する。なお、採算の取れるコストで採掘可能な埋蔵量は187.1兆m3で、これは現在の生産量で54年分に相当する。JXホールディングス資料「石油・天然ガスの基礎情報」, 2015, http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H24_Technology_Innovation/5-akimoto.pdf (2016年12月9日参照).

[19] 藤(2015), 208項.

[20] 藤(2015), 197項.

[21] 日本パイプライン株式会社ホームページ, 「事業化活動の主要経緯」,

 http://www.jpdo.co.jp/history.html (2016年12月19日参照)、及び占部絵美・稲島剛史, 『ブルームバーグ』, 「日本の議員連盟 サハリンと日本を結ぶ6000億円のガスパイプライン計画を提案」, 2014年5月28日, https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2014-05-28/N67YSK6S972A01 (2016年12月19日参照).

[22] Interfax, 16 декабря 2016, РФ и Япония подтвердили интерес к проекту газопровода "Сахалин-Хоккайдо", http://www.interfax.ru/business/541651 (2016年12月27日参照).

[23] サハリンクリリオン岬から稚内、北海道から本州の両2区間に関しては海底パイプラインを整備し、その他大半は国道の地下などが活用される方針である。藤(2015), 204貢.

[24] 藤(2015), 及び日本パイプライン株式会社, 前傾ホームページ参照(2016年1月3日参照).

[25] 日本パイプライン株式会社, 前傾ホームページ参照(2016年1月3日).

[26] 日本パイプライン株式会社, 前傾ホームページ参照(2016年1月3日).

[27] 北海道新聞, 2014年1月5日, 「幻のパイプライン構想 ロシア―首都圏、天然ガス供給 コスト減へ再び脚光」.

[28] 北海道新聞,前掲記事(2014年1月5日).

[29] 藤(2015), 205貢.

[30] 藤(2015), 205貢.

[31] 藤(2015), 206貢.

[32] 三菱東京UFJ銀行, 2014年9月1日,  資料「ロシア経済に見られる資源エネルギー依存の功罪」, http://www.bk.mufg.jp/report/ecostl2014/20140901_ldnreport.pdf

(2016年12月1日参照)..

[33] 12月1日には、一時1バレルあたり67ドル台半ばまで落ち込むなど2009年10月以来の安値となった。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社,  2014年12月4日, 「資料けいざい早わかり2014年度第12号」(12月3日参照).

[34] 藤(2015), 110及び115-116項.

[35] サハリン2はシェル、三井物産、三菱物産以上3社の出資によるサハリン・エナジー社がその事業を率いていたが、ガスプロム社が74億5,000万ドルを出資して、過半数の権益を保持するに至った。十一(2007), 85項.